孤独な夜のココア
2020.1.6読了
『孤独な夜のココア』田辺聖子
田辺聖子は、古典の現代語訳のイメージが強く、それ以外のものがあるとは知らなかった。
『孤独な夜のココア』とはなんとも寂しく、それでいてあたたかな印象を受けるタイトルだけれど、収録されているどの作品にも『孤独な夜のココア』というタイトルを持つ作品はない。
解説にある通り、収録された全ての短編を合わせて『孤独な夜のココア』なのだ。
印象に残ったのは「春つげ鳥」「おそすぎますか?」「怒りんぼ」の3編。
この3編に限らず、収録されている全ての短編は、どれも女性の主人公の視点から語られる恋の話。
過去の恋や、現在進行形の恋。
恋の始まりと終わり。
本妻もいれば愛人もいる。
さまざまな恋の形を垣間見る。
全ての短編を読み終えたときに、もう1度タイトルを読み返す。
すると、一人暮らしの部屋で1人、眠れないのか深夜に温かいココアを作って飲んでいる女性の姿が思い浮かんだ。
過去の恋愛を思い出しているのか、なんとも言えない表情でココアに口をつける女性。
私にとっての『孤独な夜のココア』はそういう作品だった。
斜陽
2019.11.28読了
『斜陽』太宰治
そういえば、『斜陽』のブログがまだ下書きのままだった。
ちょうど『斜陽』を読み始めたその日に沢尻エリカが逮捕され、とても驚いた。
だって、私が持っているのは映画仕様の表紙の『斜陽』なのだから。
やはり映画の影響なのか、読みながら浮かんでくる映像のかず子はやはり沢尻エリカ。
浮世離れしているというか、世間知らずというかどこからともなく伝わってくる夢見がちなお嬢様なかず子。
自分では、それなりに強いつもりでヨイトマケもできると言うけれど、それもまた温室育ちのお嬢様ならではの感覚なのではないかとも思う。
かず子の革命によって、想い続けていた上原と再会し、交際、子を授かるけれど、再会した時の上原の印象は、かず子が想い焦がれていた上原のままではなかったのに、革命を続ける意味はあったのだろうか、踏みとどまった方が良かったのではないかと思ってしまった。
ときどき旅に出るカフェ
2019.12.5読了
『ときどき旅に出るカフェ』近藤史恵
『タルト・タタンの夢』と同じ近藤史恵作品。
こちらは主人公の瑛子が、近所に小さなカフェを見つけるところから始まる。
そのカフェの名前は「カフェ・ルーズ」そして、そのオーナーであり、唯一の店員は瑛子のかつての同僚、円だった。
同僚時代は特に仲が良かったわけではない2人だけれど、この再開でだんだんと仲良くなる。
話の構成自体は『タルト・タタンの夢』に近いかな。
それよりも各々の話は短いので、こちらの方が読みやすいかもしれない。
『ときどき旅に出るカフェ』の魅力は、なんと言ってもそのメニューだ。
アルムドゥードラーに鴛鴦茶、ロシア風ツップフクーヘンそして表紙になっている苺のスープ。
どれも字面だけだと想像しにくいが、読んでみるととても美味しそうだ。
登場人物に女性が多い、というか、カフェ・ルーズに好意的(カフェ自体は気に入っている)登場人物は女性が多く、男性の登場人物は容疑者や商売敵、あとはカフェ・ルーズには興味がなかったりと、ハッキリと区別されているのは印象的だった。
ここに作者は何かしらの意図があったのかしら。
おひとり様と言う言葉が使われるようになって久しいけれど、1人で行ける行きつけのカフェがあるって素敵だなと感じた。
読むと異国の食べ物に想いを馳せずにはいられないそんな1冊。
修羅天魔
2019.11.8鑑賞
『修羅天魔』
ここ最近、月1ペースでゲキシネを鑑賞している。
誘ってくれる友人にも会え、私としては嬉しいかぎり。
そして劇場に行くよりもお財布に優しい。
やはり舞台は、空気感も味わえる生に勝るものは無いのだけれど、それはそれでオペラグラスがないと全体が見渡せなかったりというデメリットもある。
気軽にストーリーや芝居を味わいたいのであれば、ゲキシネでも十分。
ゲキシネというものがもっと浸透して、どの舞台も千秋楽後に映画館で上映してくれないものか。
そうすれば、もっと舞台が身近なエンターテインメントになると思うのだけれど。
さて本題。
この『修羅天魔』は『髑髏城の七人』に登場する極楽太夫を主人公とした作品。
『髑髏城の七人』の劇中、たしか捨之介(主役)の台詞で極楽太夫にも抱えている過去があることを匂わす箇所があった。
だから前日譚的なストーリーだと思っていたのだけれど、実際はパラレルワールドというか、捨之介と森蘭丸がいない世界線での『髑髏城の七人』だった。
その2人の役割を極楽太夫が一手に担っている。
そして、細かな流れや設定には変更がありつつも、見事に『髑髏城の七人』の流れに沿って進んでいく。
突然ミュージカルが始まったのには驚いた。『レ・ミゼラブル』を思い起こさせたが、なるほど演者が『レ・ミゼラブル』に出演しているではないか。
欲を言うと、天海祐希にもミュージカルパートをさせて欲しかった。
宝塚時代の天海祐希を見たことがないから。
また、衣装の色が『髑髏城の七人』と違うキャラクターが何名かいた。
極楽太夫は水色から白地に青と紫。
沙霧(霧丸)が青からオレンジ。
兵庫はオレンジから赤へ。
蘭兵衛の代わりとなる夢三郎は、下弦の蘭兵衛と同じ青。
極楽太夫は捨之介の衣装に近くなっている。
髪型も捨之介にかなり寄せている。
違いは紫もあしらわれていることだろうか。
これは信長存命中は、蘭丸の役割を担っていることから上限の蘭兵衛の紫が取り入れられているのではないか。
兵庫がオレンジから赤になっているのに最初戸惑った。
というのも、兵庫の子分たちがそれぞれ赤、青、黄色、黒、白の名を持ち、もちろん衣装にも取り入れられているから。
そう、赤が被ってしまうのだ。
しかし兵庫が正義、夢三郎が悪の対立するライバル関係だということ、演出がいのうえひでのりだということを踏まえれば、納得がいく。
歌舞伎だ。
歌舞伎において、赤は正義、青は悪を指す。
そう考えれば兵庫は赤でなければならない。
沙霧が青からオレンジになったのは、混乱を避けるためであろう。
ところで、劇中「太夫生着替え中」という手持ち看板が掲げられるシーンがあるのだが、あれは本当に生着替えしていたのだろうか。
儚い羊たちの祝宴
2019.11.16読了
これほどまでに己の読書不足を悔やんだことはない。
読了後、楽しかった思いと同時に悔しさがふつふつと湧き上がってきた。
『儚い羊たちの祝宴』は「バベルの会」という読書会でゆるく繋がれた4つの短編によって成っている。
読書会という共通項があるからなのか、読者の読書における教養が試されていると感じた。
というのも、おそらくどの作品も様々なミステリ文学を1つのピースとして、パズルのように組み上げられているのではないかと思うからだ。
残念ながら、私が自力で発見できたのは乱歩の『二癈人』のピースだけだったけれど。
わかりやすくキーワードになっているものは、スマホで調べながら読みすすめていた。
たとえば「アミルスタン羊」とか。
ピンと来ない方は、どうぞ先にスタンリィ・エリンの『特別料理』をお読みください。
4篇とも事件の起こりと同時に、オチが読めるので、謎解き的な要素はない。
それなのに、物語に吸い込まれていくのは、知的好奇心からなのだろうか。
あぁ、やはりこういうオチなのか。と納得したくて読み進めているような感じがあった。
幾人かの作家を除いて、近代文学には苦手意識があるのだけれど、やはり読まねばと再認識させられた。
幹事のアッコちゃん
2019.11.8読了
『幹事のアッコちゃん』柚木麻子
大好きなアッコちゃんシリーズ。
アッコちゃんシリーズは時間が取れなくても、さくっと読めるところが魅力。
そして、ちょっと前向きにさせてくれる。
今回は4篇全てにおいて、アッコ女史が主軸だった。
『ランチのアッコちゃん』『3時のアッコちゃん』ではチラっと出てくるだけの話が1~2篇あったのになぜ今回だけ??
もしやこれでラストかしら??なんて思いながら読み進めていたら、アッコ女史はなんと日本を飛び出したではないか。
これには思わず笑ってしまった。
ほんの少しの驚きはあったものの、アッコ女史ならやりかねないと思ったから。
また、「アンチ・アッコちゃん」はいつものパターンとは違っていたけれど、これはこれでいいのだと思わせてくれる。
アンチでさえ、前を向かせてくれるアッコ女史には誰しも脱帽せざるを得ないだろう。
その過程で、甘えたりいじけたりするアッコ女史の意外な一面も垣間見られて満足だ。
三智子とアッコ女史のコンビも安定感がある。
けれど、同じではない。
関係性が進化していて、三智子はアッコ女史について行くだけではない。
対等にアッコ女史に提案できるようになっている。
ラストのインタビューを見ている三智子と、インタビューを受けているアッコ女史は、距離も、国境も、媒体も越えて通じあっていたように感じさせる余韻が心地よかった。
ピッチ・パーフェクト
2019.11.14観賞
鑑賞中に気づいたのだけれど、おそらくこれを観るのは初めてではないと思う。
初めて観たのはいつだったかしら。
『ハイスクールミュージカル』にハマっていた頃??
それは、置いておくとして。
舞台は、大学の女子アカペラサークル。
男子アカペラサークルは、その実力とリードボーカルのスター的人気により、前年度コンテストで優勝している。
しかし、女子の方はパフォーマンス中にハプニングがあり、廃部寸前。
今までは、童顔でスタイル抜群のメンバーで揃えてきた女子サークルだったが、前年度のハプニングにより、そんなことは言ってはいられない。
結果、個性的なメンバーが新入生として加入して…
という王道ストーリーなので、安心して楽しめる。
また、扱われている曲も誰もが知っているであろう有名ものばかり。
いつの間にか口ずさんでいる自分に気づくことでしょう。
ミュージカルとも違うので、ミュージカルは苦手だけど、洋画コメディも音楽も好きな人にはうってつけの作品。
形式としては、『天使にラブソングを』に近いかな。